前史
1920(大正9)年
全国で20校が校内で映画教室を実施
1921(大正10)年
慶應義塾幼稚舎で「講堂映画会」を実施
1923(大正12)年
東京市南海小学校で「植物の成長」を授業で利用
1924(大正13)年
「小学校の映写細目」を作成し毎月映写会を実施
1927(昭和2)年
国産16ミリ無声映写機が登場
富山市で「児童映画日」を実施
1928(昭和3)年
大毎・東日新聞社が全日本活映教育研究会と学校巡回映画連盟を創立し巡回映画会を開始
1929(昭和4)年
第1回全国活映教育研究大会が奈良で開催
1930(昭和5)年
全日本活映教育研究会が「小学校地理映画大系」制作開始
1925(昭和10)年
16ミリ映画普及会が「小学校理科映画大系」の制作開始
東京中央放送局がラジオ全国学校放送を開始
各地で校内に「映画教育研究部」を設置
1936(昭和11)年
全国的に市区町村単位で教材映画ライブラリーの設置開始
1938(昭和13)年
各地で映画館引率観覧が活発化
1940(昭和15)年
文部省が幻燈機・幻燈画を小学校に無償配付
1941(昭和16)年
学校放送中止の指令
1945(昭和20)年
学校放送再開、教育映画制作が再出発
学校の映写機を16ミリトーキーに統一
1946(昭和21)年
全国で巡回「学校映画会」が活発化
1947(昭和22)年
CIEがナトコ映写機・幻燈機を貸与
本連盟の沿革
1949(昭和24)年
全国映画教育振興大会が開催(長野市)
「日本学校映画教育連盟」(学映連)(学視連の前進)が結成
学映連第1回全国大会を大津市で開催
学映連企画「社会科教材映画大系」制作を開始
1950(昭和25)年
第1回放送教育全国大会(全放連)が開かれる
学映連協力「社会科教材スライド大系」制作を開始
1951(昭和26)年
近畿学映連がブロック連盟を結成(以後各ブロックで)
1952(昭和27)年
学映連が「日本学校視覚教育連盟」(学視連)に改称
学視連会報(第1号)を発刊
1954(昭和29)年
第1回「教育映画祭」が開催
学視連第1回夏期講座を開設
1958(昭和33)年
文部省委託・学視連制作の現職教育用映画「ゆたかな学習」が完成
1959(昭和34)年
文部省委託・学視連制作の現職教育用スライド「私の研究授業」が完成
1960(昭和35)年
学視連が「日本学校視聴覚教育連盟」(学視連)に改称
1961(昭和36)年
学視連が資料集第1集「学校における視聴覚教材の利用」を刊行
1965(昭和40)年
第1回視聴覚教育合同全国大会開催(学視連第17回)(10年継続)
学視連副会長(8ブロック代表)会議を開催
1967(昭和42)年
地域視聴覚ライブラリー研究協議会が発足
1968(昭和43)年
学校映画会の実施が徐々に衰退
学視連・映教共同企画教材映画の制作を開始
1969(昭和44)年
「学視連賞」創設
1970(昭和45)年
学視連第1回自作視聴覚教育コンクール
文部省奨励事業の学視連・映教共同制作映画の制作開始
1971(昭和46)年
学視連「子どもとマスコミ」実態調査を発表
学視連が阪本賞を創設(後に「坂本・波多野賞」)
1972(昭和47)年
学視連が「文部省視聴覚教育研修カリキュラム」の原案を答申
学視連「友の会」が発足
1974(昭和49)年
「第1回全国自作視聴覚教材コンクール」を実施(統合)
1976(昭和51)年
学視連「新教材映画大系」の制作を開始
1978(昭和53)年
全国自作視聴覚教材コンクールに郷土学習教材コンクールを併催
1980(昭和55)年
文部省委託中学校理科用短尺教材映画3作品が完成
1981(昭和56)年
学視連夏期講座を全国事務局長会議・研究推進委員会に改組
1983(昭和58)年
学視連資料集の復刊第1集「ニューメディアと学校教育」を刊行
1984(昭和59)年
学視連ビジョンを発表
学視連資料集「コンピュータの教育利用」発刊
「視聴覚教育功労者文部大臣表彰」が制定
1988(昭和63)年
学視連全国大会第40回記念大会と小史の発行
1991(平成3)年
文部省委託調査研究「生活科における視聴覚教材の開発」
文部省委託調査研究「ニューメディアの教育利用の開発」
1992(平成4)年
文部省委託調査研究「マルチメディア利用の視聴覚教材の作成と活用」
1995(平成7)年
「学視連ビジョン」の改定(ニューメディアへの積極的対応)
1997(平成9)年
学視連大会が第1回視聴覚教育総合全国大会として発足
1998(平成10)年
学視連が創設50年記念誌「日本の学校視聴覚教育 学視連の歩み」を刊行
2000(平成12)年
創設50年記念懇親会を実施
2012(平成24)年
「学視連ビジョン」の改定 「教育の情報化を目指して」